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From:ラヴィンみや
どうも!!
ラブコラムニスト・ラヴィンみやです。
どうしてもどうしても「女」としての自分に自信が持てない。
彼がいても、結婚しても、何しても何しても・・・・。
自分に自信を持つのが難しいと感じられるこの国で、それでも自分を愛して生きていきたい。
その方が幸せだと思うから。
そんな女性へ送るコラムです。
まずは私たちが「自信」を求める理由から。
自信が欲しい理由
「自信がない」「自信がある」そんな言葉を耳にしたり、目にしたりします。
私たちが自信を求める理由は、自分で自分を「これでいいんだ」と認めたい気持ちの表れです。
自信は読んで字の如し、自分を信じること。
ここにいていいんだよ、と認めたい、認められたい。
それがあると手に入るものは「安心」。
自分でいること、自分が自分でいることに安らぎを感じたい。
そして健やかに人生を生きていきたいと願っている。
自信が欲しい、の言葉の裏にある本当に欲しいものは「安心」。
人は不安の中ではいきていけない。
安らぎの中で生きていきたいものなのです。
男のつける女の格付け
思春期になり、お互いを恋愛対象と見始めるあたりから、男性たちは「女をジャッジする」ことを覚えます。
高校生の頃、クラスの女子、格付けランキングの紙を拾ったときは衝撃でした。
「ブス」「かわいい」「巨乳」「貧乳」(品のない言葉だなぁと思う)「若い」「おばさん」などなど枚挙に暇がありません。
女性をお金で買うことを厭わないこの国の男たちは、女性を商品と見て値踏みします。
そして女性はそんな男性の値踏みに迎合することを教えられます。
より高値で買われるにはどうしたらいいのかを、女性誌をはじめとするメディアや漂う空気から学びます。
まるで、私たちの価値は「男が勝手につけるもので、男は女を愛することも吐き捨てることもできる。女性の価値はその程度のものでしかない」と言われているようです。
男性の側にそんな気持ちがなくても。
男性から向けられる視線が羨望や憧れ、絶賛や賞賛ならば「私には女性としての価値がある」と自信が勝手につくのかもしれません。
しかし、その視線がバカにしたもの、蔑んだもの、罵るものであったとしたら?
また、性的に消費されるような、男性が女性を商品として見る最たるものである「性的魅力」でしか見られないとしたら?
フェロモンだとか色気だとか言いながら、男性の性欲を放出させるための対象としてのモノを見るような視線だとしたら?
嫌ですよね、悲しいですよね、自分の命の尊厳がなくなりそうですよね。
モノとして扱われる悲しみ
男性が当然のようにするジャッジ。
多くは見た目。
かわいいだのあの子は好みだのあの女は女として見られないだの。
そんなナイフのようなジャッジに私たちは少なからず傷ついています。
だって、見知らぬ男に、上司に、たまたま隣に座った男に、ランク付けされたり「女の子なんだからもっと笑いなよ」などと言われたり、「女は最悪体を売ればいいからいいよな」と言われたり、相手は女だから、男は何を言ってもいい。
女はジャッジしてランク付けしていい生き物。
まるでそう思っているかのよう。
その悲しみを私たちは悲しむチャンスがないまま、自分の中に押し込めてしまいます。
勝手に裁かれた!こと自体に怒ったり憤ったり悲しんだりしていいんだよと、それをする側がとても失礼なんだよ、と誰も教えてくれない。
持て余してしまった悲しみをあろうことか自分へのダメ出しの形で表してしまう。
賞賛されないのは、私が悪いんだ。
大切にされないのは私に魅力ないからだ。
そんな風に自分を責めてしまう・・・。
ジャッジする男たちに苛立ちを覚えたとしても、その場で腹たつわーー!!!!
と叫ばない限り、自分の悲しみは解消されません。
そもそもジャッジはとても巧妙に、当然のことのように日常にあったりして、小さな痛みに気がつかずに怒ったり悲しんだりするチャンスがないかもしれません。
だからこそ、自分で自分を癒してあげることがとっても大切になるのです。
言われのない批評を勝手にされて腹は立つけれども、自分の心に生まれた悲しみを癒すことができるのは自分だけ。
ゲスの極み!男
同じ命である男性から、「君は劣っているね」「君は魅力がないね」
そう言われるのは悲しいです。
納得もいきません。
なぜ上から私を判定しているのかもわけわかりません。
真実を言えば、劣っていることはなく、その男性の意見でしかありません。
大体それ言う必要ある?
自分のちっちゃい価値観で人を批判するその根性。
ゲスの極み!!!
でも、その悲しみを放置してしまうことで、自分自身がさらに深く悲しんでしまうのです。
嫌だった。
尊厳が傷ついた。
悲しい。
自分を否定されたように感じた。
その気持ちを自分がちゃんと受け止めてあげるのです。
痛い気持ちに光を当てて「やだった!!」「悲しい!!」と取り出して抱きしめてあげるのです。
多くの男性は無意識にそのナイフを所構わず振り回しています。
そのナイフに当たれば、痛い。
当たり前です。
笑顔でかわす必要はない。
でもなぜか私たちは笑顔でかわそうとしてしまう。
自分が嫌な気持ちを感じないように何でもないことのようにしてしまう。
その場が丸く収まるように。
空気が悪くならないように。
だから男性はいつまでも自分がナイフを振り回していることに気がつけない。
誰も言わないから。
そんなふうに勝手にジャッジされるのはもううんざりです!と、
私をあなたの美醜の価値観に当てはめて勝手にジャッジしないでくださいと誰も言わない。
悲しいです、そんなふうに言われて。
嫌です、傷つきます、腹が立ちます。
言えない。
言わなくてもいい、だけど自分の心が感じた痛みは自分が救ってあげる。
自信がないのは、まず一つにたくさんのジャッジで悲しんでいる心を置き去りにしていること。
二つ目にたくさんのジャッジを受けた末に外側の価値観で自分で自分をジャッジするようになり、自分を魅力的だと思ってはいけない、美しいと思ってはいけない、と思うようになっているから。
無条件に自分を美しいと思ってはいけないような気がする。
他人からブスだとか不細工だとか、魅力がないとか言われたことは、私たちを思った以上に悲しませています。
他者に迎合しなくても本当は生きていけるけど、生きていけないような気がして、見えない誰かの価値観で自分を悲しませてしまう。
それが今を生きる女性のスタンダードな姿勢なのではないでしょうか。
人は、人だけではなく、この星にある命には全て価値がある。
生まれてきたことが、私たちの価値の証明。
命には、言葉では到底語りつくせないほどの価値がある。
何ができてもできなくても。
私たちが自分の中にある心、悲しみに気がつき癒してあげたとき、自分が自分のことを少しずつ信頼できるようになっていきます。
自分を信じることができない理由は自分の心を置き去りにしてしまっているから。
どうしても女としての自分に自信が持てないのは、外側の価値観で自分を裁く癖がついているから。
自分の心を癒して、自分への信頼を取り戻し、命の価値を信じていきていけますように。
あなたの命にはとても尊い価値があります。
それを取り戻して!
※ちなみに、そのような男性だけではありませんのであしからず。
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