エロス先進国!春画大国・ニッポン

日本はエロの先進国だった!

 

From:DENNY喜多川

 

産業革命の頃まで、西欧諸国のポルノグラフィ文化は、一口に言ってお粗末な物だった。

マルキ・ド・サドの著作など、文学にはまだ見るべき物があるが、絵画となるとお話にならない。

 

「西欧には優れたヌード絵画の文化があるのでは?」

いや、それらは、貴族などの特権階級が独占しており、庶民の手に届くものではなかった。

 

教会による倫理的な締め付けが強かったのは事実だが、印刷技術が普及してなお、西欧には庶民のためのポルノ文化が誕生しなかったのである。

 

春画誕生までの歴史

 

しかし日本は違った!

江戸時代初期、木版による印刷術の発展から生まれた「浮世絵」

そのサブジャンル、いや、時には主流として「春画」が発展し、庶民の間で普及、楽しまれていたのである。

 

木版の春画に先立って、肉筆春画の時代があった。

その起源は、奈良時代から平安時代にかけて、中国からもたらされた医学書である。

 

中国には「セックスで不老長寿を得る」という思想があり、その思想は「房中術」として体系化された。

その解説書として、体位などを絵で表したものが描かれたのである。

 

房中術の図を参考に、日本でも春画が描かれるようになったが、この頃はまだ、貴族など一部の階級のためのものであった。

 

安土桃山時代、明から「春宮秘戯図」と呼ばれる春画集が伝来、大ブームとなった。

この影響で日本でも肉筆春画の制作が流行し、庶民の手にも届くようになったのである。

 

そして江戸時代初期に木版印刷が普及すると、春画は庶民の間で、爆発的に流通するようになった。

 

春画の普及と発展

 

初期の春画絵師の代表が、菱川師宣である。

師宣の春画は、その舞台のほとんどが武士階級の世界であり、春画がまずは武士階級の間で普及したことが見て取れる。

 

しかしその次の世代の杉村治兵衛になると、一般庶民の生態を描いたものが増え、春画は驚くべきスピードで庶民にまで普及したことかがわかる。

 

印刷技術が普及したとはいえ、やはり多色刷りの春画は高価であり、それらは貸本屋によって、期限付きで貸し出されるかたちで流通した。

 

春画の中には、春画を詰めた行李を担いで家々を回る貸本屋の姿が描かれたものもあり、家の女中や女主人がその貸本屋をつまみ食いするテーマのものまである。

 

また、プロマイドのようなサイズの、持ち歩きが容易な春画も普及した。

これらはコレクションとして収集されるばかりでなく、互いに見せ合ったり、交換し合ったりするものでもあったようだ。

 

幕府の禁令を乗り越えた春画だが……

 

庶民の間では春画が普及したが、幕府は度重なる禁令を発した。

それでも春画が絶滅することはなく、お上の目を盗んで流通した。

 

春画の発想は次第に自由になり、葛飾北斎はタコと交わる海女を描き、河鍋暁斎は妖怪や幽霊と交わる男女を描いた。

 

しかし基本的には民事不介入であった幕府とは異なり、近代国家を目指す明治新政府の弾圧は強硬だった。

さらに写真技術の発達がとどめの一撃となり、明治の中頃には、春画の伝統は途絶えたのである。

 

海を渡り復活する春画

 

江戸後期から幕末にかけて、多くの春画が海を渡り、印象派をはじめとする先進的な画家たちに、強い影響を与えた。

 

現在も多くの春画が海外のコレクターによって収蔵されており、大英博物館で開催された「春画展」は、九万人に迫る入場者を集めた。

 

しかしこの「春画展」、日本では開催しようという博物館が現れず、日本での巡回展は取りやめとなった。

それに憤慨した研究者たちの努力により、日本でも二〇一五年に独自の「春画展」が開催され、二十万人に迫る入場者を集めたのである。

 

いったんは失われながらも、海外での再評価を得て、再び脚光を浴びつつある春画。

現代エロマンガが、その隠し子なのではないか……と筆者は思うのだが、その話はまた稿を改めて。

 

 

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