【官能小説】残酷な奇跡【声のセックス 第5話】

★官能小説家・道中ヘルベチカさんによる連載がスタート!

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★登場人物

ミカ(31)
福岡在住の専業主婦。夫とはセックスレスで、寂しい日々を埋めるため、偽名でSNSアカウントを開設する。

シンジ(31)
東京在住の自称「俳優」。SNSでミカを知り、メッセンジャーアプリを使ってバーチャルな「出逢い」を果たす。

ミカの夫(35)
サラリーマン。毎晩仕事仲間と飲んだり、友達とカラオケに行ったりで帰りが遅い。

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★第4話はコチラ

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「なぁ、もう一回、しよ……」

「シンジ……もう、三回もしたのに……元気だね……」

「ミカは、もう疲れた?お腹痛いのに、無理させちゃってる……ごめん」

「そうだよ……撫でて、いっぱい、いっぱい……」

「わかった……ああ、ちょっとだけ膨らんでる気がする……愛しいよ、ミカ……」

裸になったミカのお腹を撫でるのは、自分の手じゃない、シンジの手だ。
いまは、妄想を現実としてとらえている。
直線距離にして886kmも離れているのに、ネット回線によって結びついている。

SF映画みたいな大した技術じゃない。
固定電話しかなかった時代でも、電話料さえ払えばできた行為だ。
今はビデオ通話で互いの姿だって見せあえるのに、それをやらないのは、想像力に任せる方がよほど心地いいからだ。

互いの顔も体も知らないから、妄想で自分の容姿をいくらでも変えられる。
相手が望めば、どんなエッチな姿にだってなれる。
テレビで見たこともない自称「俳優」のシンジだって、いくらでもミカ好みの姿に変えられる。

けれど。
ふと、現実に立ち戻る瞬間がある。
想像が飛躍しすぎたときだ。

「中世のお城の寝室を想像して。今、俺たちは王様とお姫様だよ」

「次はエジプトだ。エキゾチックな宮殿を思い描いて」

「たまには屋外でしよう。ほら、星空がきれい。草も柔らかいから、肌が傷つくことはない。見ているのは、獣たちだけだ」

今夜もほんの数分の間で場面が切り替わった。
さすがに、シンジの想像力に追いつけなくなりかけた。

ただそんな抗議をすれば、「お前だって妊娠なんかしてないだろ。馬鹿じゃないの」と返されるのは明白だ。

確かにお腹は痛む。
何の痛みなのかはわからない。
ただ、妙な胸騒ぎがしている。

「ねぇ、シンジ……本当にもう、今夜は終わりにしよ……また、続きはこんどに……」

いつも通りの言葉を投げかけたつもりだった。

「ミカ、実は、こんどは、もうないんだ……今日で終わりにしようと思ってる」

えっ。

驚きの声をあげる。
シンジが何を言っているのかが、わからない。
脳の情報処理が追いついていない。

けれどミカの目から、つっ、と涙が落ちる。
体は反応している。
いつかこんな日がくることを、肉体の方が先に予想していたようだ。

「ヴァーチャルじゃない、現実の話だ。よく聴いて……俺、こんど映画に出ることになったんだ。撮影はヨーロッパ。半年、いや、ひょっとしたら1年くらい、日本を離れなくちゃならないかも」

半年、1年、ヨーロッパに。
そう言われても納得できない。

「……それと、私たちが別れることは、関係ないじゃない。今でも離れてるのに、もっと遠くなることになったって、別に……」

「いや、真剣なんだよ。チャンスなんだ。恋愛なんかしてる場合じゃない。彼女とだって別れてきた。まして、ミカとの嘘の交際を続けられるなんて……感謝はしてるよ、演技の練習に付き合ってくれて……」

嘘の交際、演技の練習。
それらの言葉に、とたんに怒りがこみ上げる。

本気でつながっていると信じていた。
しかし、彼にとってはそうじゃなかった。
ずっとフェイクでしかなかったのだ。

「なにそれ……もう、知らない」

通話終了ボタンを、スマホの画面が割れるんじゃないかと思うほど強く押す。
静寂が部屋に訪れる。
裸で、一人でベッドの上に横たわって。
自分の性器に触れていた片方の手は、まだ少しだけ湿っていて。

何をやっているんだろう、私は。
急に馬鹿らしく思えてくる。
シンジの言葉に怒ったが、彼は何も間違ったことを言っていない。
確かにこんなのは、ただの“演技”だ。

それでも涙はこぼれる。
お腹には痛みがあるし、彼が擦れた感触も残っている。

ぜんぶ気のせい。
気のせいなのに。

12時。
まだ帰らない夫が、いつ帰ってきてもいいようにしなきゃ。
ティッシュで手を拭き、服を着始める。

現実に戻らなきゃ。
あれは夢だったんだ。
夢で起きたことは、何もかも忘れられるはずだ。

そう信じることにした。
そうするしか、なかった。

2ヶ月後。
ネットたまたま見つけた最新映画の制作発表を動画で見ながら、ミカは目に涙を浮かべている。
そこに主演として大抜擢されたという、ヤマノベシンジという俳優を、ミカは見たこともない。
そのはずなのに、知っている気がする。

自分と同い年。
何となく聞いたことのある声。

親近感を覚えるのは、それだけじゃない。
自分と彼とは、一時期つながっていた。
確かに、彼はミカを満たしていた。
その記憶がある。

「どうしたの、急に泣き出して……また、痛むの?」

珍しく早く帰ってきた夫が、ミカの大きくなった腹を撫でる。

「う、うん……ありがと……」

病院で、妊娠3ヶ月と告げられた。
ありえないことが実際に起きた。
自分でも信じられないのに、夫はただただ「うれしい、よかった、楽しみだ!」と上機嫌にふるまった。

この男には、自分の妻に子種を植え付けた覚えがあるのだろうか。
毎晩帰りが遅い人間だ。
仕事と称して何をやっているかわからない。
ひょっとしたら、よその女と交わった記憶と混同してないか。

しかし、好都合だ。
自分だって他の男に抱かれていた。
行為自体は偽物でも、あの愛は真実だった。
お腹の中の、この新たな命が、それを証明していた。

ただこんな奇跡は、もう忘れなければならない。
彼が忘れようとしたように、ミカ自身も。

動画を閉じ、スマホの画面を下にして、机の上に置く。
シンジという男の姿は、もう見てはいけない。
想像することさえ、罪になる。

涙が止まらない。
次から次にこぼれてくる。
大丈夫?大丈夫?夫が優しい声をかけるたび、ごめんなさい、ごめんなさいとミカは謝り続ける。

その謝罪の意味など、誰も知らなくていい。
ミカ自身、わからなくなってしまえばいい。

「愛してるよ、ミカちゃん」

「私も……」

夫婦のキスを交わす。
正しいキス。
嘘偽りないキス。

しかしそんな正しさほど残酷なものは、この世にはないと知る。
涙は、もうこぼれはしない。

(完)

 

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ABOUTこの記事をかいた人

道中ヘルベチカ

都内で働くフリーライター・官能小説家。プロフィールのアイコンは、イラストレーターの月白涼(つきしろすずむ)作。ドキドキしてエッチな気分になれるだけでなく、最後まで読んで「まさかこんな展開になるとは! 面白かった!」と言ってもらえるような作品を仕上げていきます。どうぞ応援よろしくお願いします。