【連載】女としての自信がない!自分を救う方法~Vol.5

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From:ラヴィンみや

どうも!!
ラブコラムニスト・ラヴィンみやです。

どうしてもどうしても「女」としての自分に自信が持てない。
彼がいても、結婚しても、何しても何しても・・・・。

自分に自信を持つのが難しいと感じられるこの国で、それでも自分を愛して生きていきたい。
その方が幸せだと思うから。
そんな女性へ送るコラムです。

まずは私たちが「自信」を求める理由から。

自信が欲しい理由

「自信がない」「自信がある」そんな言葉を耳にしたり、目にしたりします。
私たちが自信を求める理由は、自分で自分を「これでいいんだ」と認めたい気持ちの表れです。

自信は読んで字の如し、自分を信じること。
ここにいていいんだよ、と認めたい、認められたい。

それがあると手に入るものは「安心」。
自分でいること、自分が自分でいることに安らぎを感じたい。

そして健やかに人生を生きていきたいと願っている。
自信が欲しい、の言葉の裏にある本当に欲しいものは「安心」。

人は不安の中ではいきていけない。
安らぎの中で生きていきたいものなのです。

男のつける女の格付け

思春期になり、お互いを恋愛対象と見始めるあたりから、男性たちは「女をジャッジする」ことを覚えます。

高校生の頃、クラスの女子、格付けランキングの紙を拾ったときは衝撃でした。

「ブス」「かわいい」「巨乳」「貧乳」(品のない言葉だなぁと思う)「若い」「おばさん」などなど枚挙に暇がありません。

女性をお金で買うことを厭わないこの国の男たちは、女性を商品と見て値踏みします。
そして女性はそんな男性の値踏みに迎合することを教えられます。

より高値で買われるにはどうしたらいいのかを、女性誌をはじめとするメディアや漂う空気から学びます。

まるで、私たちの価値は「男が勝手につけるもので、男は女を愛することも吐き捨てることもできる。女性の価値はその程度のものでしかない」と言われているようです。

男性の側にそんな気持ちがなくても。

男性から向けられる視線が羨望や憧れ、絶賛や賞賛ならば「私には女性としての価値がある」と自信が勝手につくのかもしれません。

しかし、その視線がバカにしたもの、蔑んだもの、罵るものであったとしたら?

また、性的に消費されるような、男性が女性を商品として見る最たるものである「性的魅力」でしか見られないとしたら?

フェロモンだとか色気だとか言いながら、男性の性欲を放出させるための対象としてのモノを見るような視線だとしたら?

嫌ですよね、悲しいですよね、自分の命の尊厳がなくなりそうですよね。

モノとして扱われる悲しみ

男性が当然のようにするジャッジ。
多くは見た目。
かわいいだのあの子は好みだのあの女は女として見られないだの。

そんなナイフのようなジャッジに私たちは少なからず傷ついています。

だって、見知らぬ男に、上司に、たまたま隣に座った男に、ランク付けされたり「女の子なんだからもっと笑いなよ」などと言われたり、「女は最悪体を売ればいいからいいよな」と言われたり、相手は女だから、男は何を言ってもいい。

女はジャッジしてランク付けしていい生き物。
まるでそう思っているかのよう。

その悲しみを私たちは悲しむチャンスがないまま、自分の中に押し込めてしまいます。

勝手に裁かれた!こと自体に怒ったり憤ったり悲しんだりしていいんだよと、それをする側がとても失礼なんだよ、と誰も教えてくれない。
持て余してしまった悲しみをあろうことか自分へのダメ出しの形で表してしまう。

賞賛されないのは、私が悪いんだ。
大切にされないのは私に魅力ないからだ。
そんな風に自分を責めてしまう・・・。

ジャッジする男たちに苛立ちを覚えたとしても、その場で腹たつわーー!!!!
と叫ばない限り、自分の悲しみは解消されません。

そもそもジャッジはとても巧妙に、当然のことのように日常にあったりして、小さな痛みに気がつかずに怒ったり悲しんだりするチャンスがないかもしれません。

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ABOUTこの記事をかいた人

ラヴィンみや

セックスとメンタルについて発信するラブコラムニスト。 テーマは「わかちあうセックス」 セックスでお互いの愛や命を分かち合うことを何よりも愛する。 セックスが全てではない。けれどセックスは本音を混じり合わせること。 メンタル、自己啓発、スピリチュアルなどを学び 絵と言葉で自分を、世界を、生きることをカタチにしている。